絵日記 小林可夢偉を応援するBLOG 夢をありがとう!ホンダF1撤退
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小林可夢偉を応援するBLOG

1987年からF1を見ているオッサンです

夢をありがとう!ホンダF1撤退


※画像はf1-gate.comより
【2019年オーストリアGPでフェルスタッペン初優勝】


ホンダF1撤退のニュースから1週間が経ちようやく気持ちも落ち着いた
本当に残念で今でも悲しいが現実を受け止め前を向いて行きたい

「10月2日17時からホンダがモータースポーツに関するオンライン会見をおこなう」
そう聞いた自動車ジャーナリストやライターでさえ「いよいよ日本人ドライバー
(ホンダからF1昇格を目指す角田裕毅)の誕生か」と思ったくらいF1の撤退は寝耳に
水だったそうである
だがその会見の内容は耳を疑うものであった

20180408-honda_f1.jpg
※画像はf1-gate.comより
【2018年バーレーンGPでガスリー4位入賞】この時の感動は今でも忘れない


「カーボンニュートラルの実現」「リソースの集中」といった株主に向けた横文字が並び
記者からの一問一答は何の答えにもなっていない苦しい内容だった
私も含め多くのホンダファンが怒りを覚えたのは「優勝と言う目標を達成し一定の成果を
得ることが出来た」の発言だろう

F1参戦4期目の2015年鳴り物入りでマクラーレンとタッグを組んだ時、八郷社長は
「最初から勝ちに行く」「F1 は一度辞めると失うものが多すぎるから今度は最低
向こう10年は辞めない」と言っていたはず
しかしわずか3年でマクラーレンから三行半を突きつけられ関係解消
そんな窮地を救ってくれたトロロッソを経てタイトルを狙うトップチームレッドブルと組む
ことに成功
その時も「レッドブルとワールドタイトルを獲りフェルスタッペンを最年少チャンピオンに
する」と明確な目標を持っていた
それをたった5勝ほどした程度でメルセデスの背中が見えこれからと言うときに突然
梯子を外され投げ出されたレッドブルの心情を察するに余りあるではないか
ルノーと喧嘩別れしてまでホンダを選んでもらった義理がホンダにはないのだろうか?
多くのホンダファンの失望は「もうホンダ車を二度と買わない」という怒りになった
のは私も同じである

2020italia (2)
※画像はf1-gate.comより
【2020年イタリアGPでガスリー初優勝】フェルスタッペンに次ぎガスリーも勝てたことが嬉しい


2020italia (1)
※画像はf1-gate.comより
【2020年イタリアGPでガスリー初優勝】表彰台で感無量、オレも泣きました


しかし2020年コロナで全てが変わった
全世界で今までの生活習慣や常識が覆り大企業までもが倒産の危機に瀕するまでになった
北米と中国がマーケットのホンダもかつてない経営基盤の修正が必要になったのは想像に容易い
聞けば八郷社長は最後までF1をやる派だったらしい、社内でやる派とやらない派の争いが
常に有り遂にやらない派に押し切られたとも・・・
社長として雇用を守り株主への還元を優先するならF1撤退は正しい選択なのかもしれない
そう思えば私なんかよりF1をやりたくてホンダに入った現場のエンジニアや彼らを
指揮する田辺さん、山本MD、定年を撤回してまで勝ちに拘り現場に戻った朝木執行役員
等の落胆に胸が痛む

そうまでしてもこれまでF1に参戦してきて築いた技術・人材・ブランドといったホンダの
財産全てを投げ捨ててまで辞めないといけないほどもう財務事情は火の車だったに違いない
EUで車が売れず見返りも無いF1に無償でエンジン提供して年間1,000億も投資する余裕も
コロナで一瞬のうちに吹き飛んでしまった
これまでアライアンスを組まず単独でやってきたホンダにこれ以上F1を続けるお金なんて
びた一文無かったんだ

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ステップワゴン購入以来定期的に送られてくるホンダマガジン

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内容はホンダらしくモータースポーツやF1に関する情報が非常に多く嬉しかった
しかし今年に入って1度も送られてくることは無くおかしいと思っていた


ホンダにはフェラーリのようにF1に必要な自動車メーカーであって欲しかった
しかし自動車業界を取り巻く環境はパンデミックにより急速に変わってしまった

残された2021年のシーズンを最後までレッドブル・アルファタウリと諦めず戦いメルセデスに
挑んで欲しいし私たちも最後まで応援したい
もう永久に見られないであろうホンダF1の姿を目に焼き付けよう
ホンダは第4期のマクラーレンとの失敗から挑戦する会社、諦めない会社のイメージが更に増した
特に不屈の精神で這い上がった第4期の活動を我々は忘れないだろう
いつか「F1に参戦していた頃のホンダは素晴らしかった」
と思える時が来たらそれがホンダにとっての遺産であり
我々日本人の誇りだった世界を舞台に戦ったホンダの記憶なのだから





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